4 コミュニケーションツール「わんダフル」

ぼくはやっと事情がのみこめてきたような気がしてきた。

だがまだ良くわからないことがある。

「あなたの話を聞いていると、まるで犬から直接話を聞いてきたような印象を受けるんだけど」

学者は中にいる大人たちと顔を見合わせた。

「これは秘密にしておきたかったんだが、君になら話をしてあげよう。実はぼくらは犬たちと話をした」

「えっ?」

「もちろん犬とは話ができない。そこで犬の言葉で人間とコミュニケーションできる機械を開発した。ペットショップに似たようなおもちゃが出回っているが、ぼくらのマシンはすごいぞ。まるで犬が人間の世界に、あるいは人間が犬の世界にまぎれこんだような錯覚に陥ってしまうんだ。これはプロトタイプなんだが、ビューティー社のやつらが邪魔しなきゃ、大量生産して、もっと犬とのコミュニケーションが図れるようになると楽しみにしていたところさ。 『わんダフル』っていう名前なんだ」

白衣の男は、小屋の隅からトランシーバーのできそこないのような機械を持ってきた。

その時、外でかすかにサイレンの音がした。

「いかん。やつらにかぎつかれた」

白衣の男は急に声をひそめた。 サイレンの音はしだいに大きくなってくる。何かが小屋に近づいていた。

どおーん。バリバリ。

小屋の壁が何かに突き破られた。良く見てみると、黄色いショベルカーに突っこまれていた。

「警察だ、抵抗するな。 おとなしくしろ」

突き破られた壁の穴から、赤い回転灯がいくつも並んでいるのが見えた。

怖い顔をした警官たちが小屋へ押し入り、学者をはじめ中にいた大人たちはたちまち取り押さえられた。

子供であるぼく一人がさいわいうまく逃げることができて、ドッグフードのかげに息をひそめていた。

気がつくと、ぼくの足もとに「わんダフル」が転がっている。

ぼくは「わんダフル」を手にすると、大人たちの目をぬすんで、小屋の外に出た。

小屋の外で、犬たちは悲しそうになりゆきを見守っていた。

ぼくはゲートボール場を出て、ばあちゃんちへ向かってかけだした。

ウィンキーはあいかわらず行方不明のままだ。

その夜、ぼくはテレビを観ながら、ばあちゃんにゲート場であったことを話した。

犬は大勢いたが、ウィンキーは見つからなかったこと。

変な研究者たちが公園やゲート場にいて、警官に捕まってしまったこと。

ばあちゃんも研究者たちのことは知っていて、ここの村人たちの間でも、特に評判が悪いなんてことはなかったそうだ。


「もともとは、この村の犬がやたらと飯を食いたがる病気が流行って、その調査のためにやって来た人たちなんじゃ。ところがいつの間にか他の土地からも犬がやってくるようになって、今ではごらんのとおりさ。この村の山奥にはダイエット・ビューティーって会社の研究施設があってね。近々大きな工場を建てるらしいのさ。でもね、あの人たちがいうには、ダイエット・ビューティーって会社のドッグフードはあまり良くないらしいんだ。詳しいことはよくわからんけど、とにかくあの人たちは工場建設の反対運動まで始めたんだ。警察に捕まったっていうけど、何の容疑で捕まったんだろうかねぇ。明日からいったい誰が犬たちに飯を食わせるんだろ?」

「ぼくも何だかすっきりしない気分だった。あの人たちはダイエット・ビューティーのせいでリストラされたって言ってた。だから、ダイエット社に反発するのはわかる。もしあの研究者のいうように、犬たちが得体の知れない電波でストレスにさらされ、飼い主に自分の会社の商品しか買わないように暗示をかけていたとしたら、それを止めるのは誰なんだい?」

ばあちゃんとぼんやりとテレビを観ていると、「ビューティー」のコマーシャルが流れた。

すると、胸ポケットに突っこんでいた、 わんダフルがぴぴっと反応した。 次の瞬間、耳をうたがう言葉が聞こえた。

「これ以外食べさせないで。 犬が死んじゃいますよ」

ぼくとばあちゃんは思わず顔を見合わせた。

その後もダイエット社のコマーシャルが流れるたびにわんダフルは反応した。

「空き箱を百枚ためると、もれなくわが社のエステ券をプレゼント。夏までにスレンダーなボディをお約束します」

「すっかりスリムになったあなたに、抽選で地中海セレプリゾート地へご招待」

ぼくはあぜんとした。

「まったくなんてあつかましいコマーシャルなんじゃ。犬のえさにこそこそと催眠術なんぞ使いおって」

おばあちゃんは怒りだした。ひょっとしてこれが、あの研究者たちの言っていた暗示信号なのかな。

ぼくは急に思いついて、母さんに電話してみた。

「母さん、ぼくだけど。もしかして、ペットフードの箱をためたりしてない?」

母さんは少しどぎまぎした声で答えた。

「ためてたけど、もう捨てちゃったわ。だってウィンキーいなくなっちゃったんだもの」

「でも、何でためてたの?」

「さぁ、何でかしら?あまりはっきり覚えていないの」

やっぱり母さんはだまされてたんだ。

ぼくはそう思いながら、受話器を置いた。

ぼくはわんダフルをしげしげと見つめた。

研究者の話をあまり本気にしていなかったけど、この機械をもっと試してみる価値がありそうだ。

 

つづく

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